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庶民コメンテイター

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HOME落下傘体験談自衛隊体験談(嗚呼!落下傘!)八の巻
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無題
五郎様
はい!時々コメントいたします。
五郎様のような方が、空挺団を応援されて頼もしい限りですね。
頑張ってください!
年代~同世代ですかね??

教育隊
部隊rさんの書かれているように、教育訓練期間の思い出は、あまりにも強烈で、この年齢になっても、鮮明に残っております。
部隊rさんは、さらに陸曹教育を受けられ部隊レンジャー課程も終了されておられますから、空挺の基本降下課程は楽勝かと思います。
いずれは、ゆきんこさんの息子さんと、同じ部隊で活躍されるんですね。
ここは、公開ブログサイトですから、個人情報は記載出来ませんが、不思議な出会いに感動致します。
部隊r様ゆきんこ様
心暖まるコメントを寄せて頂きまして、感謝申し上げます。
今後も、機密情報や個人情報に注意しながら体験記を書いてまいります。

これからもコメントして頂けますよう、お願い致します。

部隊rさんは、これからみたいですね。頑張ってください。

候補生の呼び方は、当時の事ですから、現在の呼称は知らないです。
ゆきんこさんは、私と同年代であろうと思いますが、息子さんを見守ってあげてください。
多賀城とありましたが、私は、前期教育は多賀城の第一教育連隊でした。

今後も、よろしくお願い致します。
無題
仙台五郎様
年度末で、PCも開けずレス遅くなりました。
ありがとうございます。ご丁寧な返信ありがとうございました。

補士ですよっ!五郎様!補生は階級が??あれ?どうでしたっけ?だいぶん勉強したのですが・・・
彼は、もともと空挺希望で陸自へ入ったのです。
「パラシュート部隊?はぁ?」当時冷たい母でした。
そういえば、陸自目指して試験対策で多賀城の学校へ勉強しに行ってましたねぇ~

中々書けないことが多いですが、五郎さんの「体験談」息子からも聞いた内容があります。
多分、一般の方は知らないことが多いですよね。
空挺団は熱い方が多く、性格や考え方がマッチすれば、日々充実した生活のように見受けられます。
肉体的に苦しいこともありますが、営内のクラブでビールを仲間と飲めば、そんなこともケロッと忘れるそうです。
そういえば、部隊r様は入隊されたのでしょうか?
がんばられてるかな?
初めての降下は体験されたのですかね?

「花形」といわれますが、苦労も多いようです。
にしても、話を聞いただけで空からダイブするなんて、想像できません。
「いつ飛んでも怖いよ」とは息子。
なんで、入隊したの?って感じですよ。
夕方、日が沈む景色の中の降下は感慨深いと言ってました。
でも、怖いですね。高いところは!

なんにしても、極めようと必死になる姿はどんな職業でも尊いです。
今の時代、若い世代の多くの若者は「がんばる」ことはかっこ悪いらしいですから。

これからも、「体験談」楽しみにしています。
新教の話
鈴木2士の話、いい話ですね。陸上自衛隊の新教は、本当に人生の岐路にたたされるような場所でした。

私も大学を卒業して周りと4歳違いで入隊して、みんなからも異質な目で見られながらも、前期、後期と同期のおかげでやっていくことができました。

この時代、陸上自衛隊くらいだと思います。同期愛というすばらしい経験ができるのは・・・


陸曹になったもの、幹部になったもの、やめて娑婆で働いているもの、病気で死んでしまったもの。それぞれ道は違いますが、同じ釜の飯食った、仲間のことは一生、忘れないものですね(^o^)
番外偏先任陸曹
空挺後期教育隊の番外編として、ひとつ。

訓練には介入しなかった方で、事務官として勤務しておられました先任陸曹の〇〇1曹。

この方は、まさにスクリーン俳優のような美形な方で、50才とは思えない美男子でした。

たまに先任陸曹の座学講話がありましたが、話の内容は常に逸脱し、我々の心を手玉に取り、座学授業は笑いの渦になりました。
簡単に授業内容を投稿します(^_^)v。


私は、いまでこそ定年間近ではあるが、新兵の頃は、船橋や栄町あたりでは『マシンガンの龍』と呼ばれていた!
空挺隊員ゆえ、素人女には手を出さず、同じムジナの世捨て人、玄人(くろうと)さんの穴を借り、連射連射の週末だった。

連射だけではなく、キャリバー50より大きな口径で、くろうとさんも悲鳴をあげた!
自分が小銃ゆえに自信を失う事なかれ!
平均より巨大な奴は、痛いだけで女に嫌われる!
男も女も最後は同じで、体を突き刺すよりも、最後は心を突き刺す相手に満足する。

この女だ!と思うならば突き進め!ただし、嫌われたのなら、いさぎよく引け!
玉砕覚悟の特攻は男の恥である!

常にシモネタを交えながら、人間社会の裏表を講話する先任陸曹は、聖人に見えました!
同期の桜コラム
人間は素敵な道徳倫理を採用し、人としての生きる道を教えて来ました。

楽に金を儲けて長生きする事が幸せであるかのような錯覚。

愛する事とは何なのか?
幸せが、当たり前になってしまった日本に万歳!

オチコボレの私に、マニアックな世界ではあるが、生きるという本質を植え付けてくれた、第一空挺団に乾杯!

まだまだブログは書きますが、応援よろしくお願い致します!
同期の桜⑥
中途半端野郎の集まりの教育終了は、桜満開の3月末でした。

打ち上げ宴会の翌日に、鈴木2士は退職し習志野駐屯地を出て行きました。

ちょうど守衛勤務は、普通科群第1中隊が担当しており、私達の教育隊長の中隊でした!

鈴木2士が、正門から出る時に合わせて、守衛勤務の空挺隊員が整列し、捧げ銃(ささげつつ)!
捧げ銃:小銃を携行した時に行う最大の敬礼。挙手の敬礼とは別に、小銃を持ち上げて顔の正面に掲げ、顔を指揮官に向ける敬礼。

部隊の私物利用か?有り得ない光景に、区隊長は大きな声で言いました!
「群長や団長が出勤した時の練習中に、鈴木2士は出て行ける!ラッキーな奴だなあ~これは練習!」
その言葉を聞いて、仏の1中隊の意味を理解致したしました!

鈴木2士は、正門前で待っていた彼女の車に乗り込みながら、涙でグジャグジャになりながら、庶民と同じように頭を下げ手を振りながら都内に向けて消えて行きました。

それが、彼との最後となり数十年の歳月だけがイタズラに流れました。

あれだけユーモアーがあり、いつも同期を心配してくれた鈴木2士ですから、素敵な女性と所帯を持ち、幸せに暮らしていると思います!
青春全開!
同期の桜⑤
自衛隊採用は高卒新卒者に合わせて、3、4月隊員がメインとなりますが、我々は中途募集ゆえに中途半端野郎の集団でした。
我々は10月隊員と呼ばれ、いわば世の中の落ちこぼれです。

鈴木2士を担いだ騎馬は、新兵後期教育隊の木造隊舎に近付きました!だって、消灯点呼の時間ですから。

最後の別れとなった鈴木2士を騎馬の上に乗せたまま、軍歌の合唱は習志野駐屯地に響き渡りました!

♪貴様と俺とは~同期の桜~同じ教育隊の庭に咲く~咲いた花なら~散るのは覚悟~みごと散りましょう~国の為~
当時は、松田聖子やチェッカーズ全盛の頃ですが、何ゆえ軍歌を歌っているのだろうか?

誰も時代錯誤を感じる事もなく、ひたすら大合唱が続いた!

隊舎前になり、鈴木2士は号泣しました!顔をグジャグジャにしながら騎馬の上に担がれながら、ひたすら泣いていました!
我々同期も、掛ける言葉を失いながら、ひたすら同期の桜を歌い続けました!つづく
同期の桜④
教育打ち上げ宴会!
新隊員は二十歳過ぎの人もいましたが、未成年者が主流です。
人より目立ちたい、負けたくない連中だから、酒タバコは当たり前である。筆降ろしの済んでいないのは、自称自己申告によれば3人。
現在の空挺団は、未成年隊員は飲酒や喫煙はしていないと思います。笑!私は時効です!

たった一人だけ、空挺部隊配属にならなかった鈴木2士は退職を願い出て一般部隊には行かない事になりました。

私達より年上でもある鈴木2士は、宴会でも終始笑顔で話していました。
宴会が終わりグデグテになった我々は、消灯点呼の時間に間に合わないぐらいの千鳥足になり、鈴木2士を騎馬戦体位の上に乗せて、同期の桜を熱唱しながら駐屯地内を走った。

教育隊の打ち上げ騒ぎは空挺恒例で、先輩空挺隊員達は、酔っ払って走る我々に、隊舎の窓から顔を出して、声援と拍手をしてくれた。

鈴木2士を乗せた騎馬は止まらず、同期の桜の合唱は続いた!つづく
同期の桜③
いよいよ空挺部隊配属発表の日は来た!
成績優秀な同期は、団本部中隊と普通科群本部中隊へ、几帳面でしっかり者の同期は落下傘整備中隊へ配属された。
私を含む、甲乙付けがたい野郎達は、普通科群の第1中隊、第2中隊、第3中隊へと均等割りされ配属。

教育途中で離職して行った奴もいたが、最後まで残って頑張った鈴木2士は、空挺後期教育隊から一般部隊への配属命令を受けた。

どうやら事前に、鈴木2士には伝えられていたらしく、ショックな表情は見えませんでした。
理由は、過去の交通事故による大体部複雑骨折で、右足が少し短くなっていて、医務官により落下傘降下不適格の判定を受けたとの事。

同期が、それぞれに配属される最後の土曜日、区隊長も招いて隊員クラブで打ち上げを行った!つづく
参考資料【階級】
軍隊と呼ばない自衛隊には、独自の階級制度がありますが、旧日本軍と区分けは同じで、名称が変わっただけです。

上級幹部(省略)

幹部
大佐→1佐
中佐→2佐
少佐→3佐
大尉→1尉
中尉→2尉
少尉→3尉

下士官
曹長→1曹
軍曹→2曹
伍長→3曹

兵士
上等兵→士長
1等兵→1士
2等兵→2士

その他、准尉や先任陸曹など名誉職みたいな階級も存在します。
自衛隊と呼ばれますが、基本的には軍隊です。
候補生について
空挺団の徽章には、ウイングマーク、空挺レンジャー、自由降下FFがありました。

それに特別な徽章、金色に輝く桜がデザインされた候補生徽章があります。
防衛大学を出た幹部や曹候補学生からの陸曹とは違い、学歴不要の現場叩き上げの完全実力選抜試験です。

優秀な人材が集まっているとされる空挺団においても、年に1~2人合格する程度です。

選抜試験に合格すると、陸曹教育隊や幹部学校に行くまでの間は、階級呼称が変わります。
〇〇士長や〇〇3曹と呼ばれていた階級呼称は、〇〇候補生!に統一されます。(〇〇は名字)

候補生選抜試験に合格するには、頭脳明晰身体強健であるのは当然ですが、さらに重要視されるのは人格です。

候補生に接すると解りますが、人徳があり信頼感が違います。

入校までの期間限定徽章ですが、空挺隊員がもっとも憧れる徽章かも知れませんね。
『ゆきんこ』様へ
はじめまして!
レスポンス頂きまして、ありがとうございます。
かなり長い間、落下傘体験日記を書いておりますが、あまりにも反応が少ないので淋しい思いをしておりました。

傘の会シスオペさんには大変お世話になっております。庶民コメンテイターのシスオペさんにもお願いして、傘の会ホムペと相互リンクしてもらっております。

息子さんが曹候補生になられたそうですが、空挺団において曹候補生になられた事は、称賛に値すると感じます。
最近の自衛隊は、採用試験も難しくなり、まして空挺団となれば、陸上自衛隊のエリートが集うと聞いております。
私が入隊していた頃は、命知らずの兵隊ヤクザと呼ばれていました。
現在も、命知らずに違いは無いでしょうが、隊員の資質はアップしていると聞きます。

防衛庁から防衛省に変わり、自衛隊も活動範囲が多くなりました。
今後も、戦争に巻き込まれない平和な国で有り続けてもらいたいです。

今後の、ゆきんこ様のご子息の活躍を祈ると共に、ご家族さまの健康を祈念致します。
今後もネタ切れになるまで、書き続けてまいりますので、よろしくお願い申し上げます。
レスを頂ければ、至福のいたりであります!
敬礼('◇')ゞ
無題
はじままして(ぺこりん)
空挺団の某中隊の「岸壁の母」です。


息子が反対をお仕切り空挺団に入って○年。
会社経営する母からは理解できないことが多く、名前を書いたら合格!の年代の私には理解できませんでした。
傘の会様で勉強しかなり変わりました。

一度きりしかない人生!かけるて散るのもまた人生・・・と思えるまでになりました。
曹侯補士なので、途中リタイアは中々難しい。
でも、息子に限らずみなさんがんばってほしいでっす
同期の桜②
暴走族と言っても、個人になれば普通の人。
空挺後期教育隊の同期として、毎日一緒に教育訓練に明け暮れました。

ただ、鈴木2士の歩き方や走り方に、少しだけだが違和感を持ちました。

後期教育3ヶ月も、間もなく終了になる頃、空挺隊員になるべく、最後の適性検査が行われた!
鈴木2士は、医務官に別室に呼ばれて追加のレントゲン検査を受けていました。

やがて、空挺団の各部隊に配属が決まる日を迎えました。
その時の教育隊の区隊長は、普通科群1中隊から派遣されており、当然な事ながら、区隊長の気に入った隊員は、普通科群第一中隊に引き抜かれる。
陸曹班長と班付きと呼ばれる古参陸士長も、セットで教育隊に派遣されている。
私の教育隊には、団本部中隊と普通科群からの派遣だったので、落下傘整備中隊に若干名と、団本部中隊に若干名、残りは普通科群に振り分けられました。

中隊配属が決まれば、いよいよ落下傘基本降下課程に入校し、空挺隊員になれるのだ。

しかし、鈴木2士には、あまりにも非情な配属が言い渡されました。つづく
同期の桜①
当時の自衛隊は、今のように採用が厳しい訳ではなかった。親戚関係に暴力団や革命思想を持つ人がいなければ、たいがいは入隊出来ました。
全国で暴走族が流行り、チームを抜け出す為に入隊する奴も多かった。

空挺後期教育隊で、東京都出身の同期がいた。
鈴木2士(仮名)は、私より2才年上で、高校中退で暴走族をしていたが、いつまでも無職でもいられず仕事を探したが、ワルだった彼を雇ってくれる会社はなかった。

鈴木2士が、渋谷駅で友人と座り込んでいたら、見知らぬ人に声を掛けられた。
「君!いい体してるね~!」「仕事してるの?」「自衛隊に入らないか?」振り向くと、自衛隊の制服を着た、自衛隊地方連絡部のスカウト係りだった。

その頃の鈴木2士は、彼女のアパートに転がりこんで、寄生虫みたいな暮らしをしていたらしい。
ホレた女ゆえに、嫌われたくもないが、無職無収入では、やがて捨てられる。

スカウト係りは、自衛隊生活を熱く説明した!
衣食住無料、国家公務員給料、教育が終われば楽になる・・

男のメンツもあり、鈴木2士は、国家公務員の道を選択した。つづく
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